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5月30日夕方、10日間の欧州5カ国歴訪を終え、天皇皇后両陛下はお元気で羽田空港に到着なさった。
スウェーデンと英国での「リンネ生誕300周年記念行事」出席のほか、初めて旧ソ連からの独立国であるバルト三国を
ご訪問。エストニアでは「歌う革命」として独立運動の発端となった「歌の祭典」、ラトビアではソ連時代には近寄ることも許されなかった
「自由記念塔」、そしてリトアニアでは独立戦争で命を落とした若者らが眠るAntakalnis墓地を訪れた。これらはすべて
長い苦難の時代から解放されソ連からの独立を果たした歴史を象徴する「各国にとって外国の要人に最も来てもらいたい場所」
であった。
比較的数少ない両陛下の海外旅行で、今回バルト三国が選ばれたことに各国は「小さな国だが、自ら独立を勝ち取り、
着実に発展し続けている国として認められた(リトアニア大統領)」「世紀の訪問(ラトビア大統領)」として大きな意味があると喜びを明らかにしている。
また国民の多くは両陛下の「優しさ」「暖かさ」に一番感動していた。両陛下はそれぞれの場所で市民に声を掛け、
手をとって語り合われた。リトアニアでは遺族が両陛下の手を握り涙を流す場面もあった。
現地ジャーナリストたちは24日タリン空港で飛行機から出てこられた皇后陛下のファッションにも早速注目した。
青いリボンのついた白い帽子、白地に青のベルトのジャケットに黒いスカート。エストニアの国旗のカラーをイメージしたものだった。
天皇陛下のエスコートで優雅にタラップを降りる皇后陛下に目が集中したのは間違いない。
普段パステル調の洋服をお召しになる皇后陛下がはたしてラトビアやリトアニアの比較的濃い配色の国旗の色をどのように
取り入れるのか、憶測が飛び交った。翌25日、ラトビアへ向かう皇后陛下は白地にラトビアカラーのエンジ色のラインの入った
スーツ姿だった。白い帽子には大きなエンジ色のリボンがあしらってあった。色の使い方にジャーナリストたちも感心、
さらにリトアニアカラーへの期待も膨らんだ。リトアニアではパステル調イメージを損なわない形で、赤、緑、黄色のコサージュ
がさりげなく左胸にとめられていた。
皇后陛下のイメージを崩さずに訪問国への思いやりの心を表現した影の立役者、専属デザイナーの力量を褒め称える記事が
出るのも当然だろう。(The Rawstory)
YouTubeから関連映像集:
出発・
エストニア訪問
・ ラトビア到着 ・
ラトビア訪問LatTV ・ TBSニュース、ラトビア
・ リトアニア歓迎風景 ・
リトアニア放送が用意した両陛下紹介番組 ・
杉原千畝について
5月26日、バルト三国訪問の最終地ヴィリニュスに到着後、大統領官邸で公式訪問歓迎式典で迎えられた
天皇皇后両陛下は、アダムクス・リトアニア大統領や官僚との午餐会にご出席。この席でアダムクス大統領は
「日本の天皇皇后両陛下のご訪問は、近年独立を取り戻した小国リトアニアが世界でもっとも独特な
背景を持つ新進国のひとつであることに注目していただいている事を表しています」と述べ、これに
対し天皇陛下は、「(戦争や歴史の展開のなかで)一時的に途絶えた友好関係が再び発展しているこ
とは喜ばしい。これを機に両国民の間の相互理解をさらに深め,相互の交流を一層進めることとなれば嬉しい」
と述べられた。(正式なお言葉は宮内庁ホームページで発表されています)
午後はAntakalnis墓地を訪れ、
1991年ソ連からの再独立運動で犠牲になったリトアニアの人々の記念碑に花輪をささげ、ネリス川沿いにある、
第二次世界大戦時に多くのユダヤ人をナチから救ったことで有名な
杉原千畝の記念碑へ向かわれた。
その後旧
市街の中心、大聖堂前の広場でリトアニア民族舞踊や歌を堪能なさった。また民族伝統工芸品の展示している
通りでは集まった人々や売店の職人たちと言葉を交わされ、お孫さんへのお土産に(?)木製のおもちゃを持
って帰られたようだ。
27日、今回の欧州訪問の最後の地ロンドンへ向かわれた。
KYODO NEWS ON THE WEBを見る。
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宮内庁ホームページ、ヨーロッパ訪問時のおことばを見る。
5月25日、天皇皇后両陛下はバルト三国で2番目の国ラトビアの首都リーガをご到着。
皇后陛下は白地にラトビアの国旗の色の赤茶のラインの入ったスーツ姿でタラップを降りられた。
大統領官邸での昼食会の後、
旧市街脇の自由の塔を訪れ、大統領とともに花をささげられた。その後占領博物館行かれ、占領下時のラトビアの人々の
苦しい思いをご覧になった。今回の訪問を記念して桜の木が贈られ、日本大使、ラトビア外務大臣によって植樹された。
5月24日、天皇皇后両陛下はスウェーデンでのリンネ生誕300年の式典を終え、エストニアの首都タリンに到着された。
お二人がバルト訪問をとても楽しみになさっていた様子が、皇后陛下の青、白、黒のエストニアカラーのスーツから
伺える。カドリオルグの大統領官邸にてイルヴィス大統領夫妻、各首脳、親日家の人々との昼食後、「歌の広場」にて
3000人の合唱団によるミニ合唱祭をご覧になり、その後旧市街の中心にある旧市庁舎(Raekoda)にてカクテルパティーが
開かれた。この席でエストニアの織物作家エルナ・カーシックさんの「雪が振る中に咲いている桜に降り注ぐ光」をあらわした
ショールが皇后陛下に贈られた。このショールには俳句も添えられていた。
エストニアTVではモーニングショーで日本を紹介、日本でもよく知られている少女合唱団エレルヘイン(Lastekoor Ellerhein)が
日本語で「さくら」を披露。指揮者ティーア・ロイトメ女史(Tiia-Ester Loitme)が来日時の思い出を語っている。
ETVではさらにミニ合唱祭の模様も生放送し、日本歓迎ムードいっぱいの様子が伺える。
25日ラトビアに向けてお発ちになる。
Pressifotoで写真を見る。
ETVニュース映像を見る。
ETVモーニングショーの映像を見る。
ミニ合唱祭の映像を見る。
5月14日、天皇皇后両陛下ヨーロッパご訪問に先立ち、宮殿石橋の間において記者会見が行われた。
5月21日に日本をご出発、スウェーデンと英国で行われる生物学者リンネの生誕300年の式典にご出席の合間に、
各国大統領からの招待を受けてバルト三国をご訪問される。
天皇陛下からはランズベルギス最高会議議長が皇居を訪問した時のことやリトアニアの画家であり音楽家である
チュルリョーニの展覧会をご覧になったことなどをお話になった。
また、皇后陛下からは、昭和60年(1985年)
に贈られた「バルト海のほとりにて」という書籍で、それぞれ民族が二つの大戦の間の時代を同じ運命の下で
歩んできたことをお知りになったこと、さらに再独立後リトアニアのランズベルギス最高会議議長が来日をきっ
かけにバルト三国が身近に感じられたことなど、バルト三国ご訪問を楽しみにしていらっしゃるお言葉が述べられた。
宮内庁公式ホームページを見る。
天皇皇后両陛下の外国ご訪問前の記者会見の内容のページを見る。